少しまえまでインターネットでは六花と書いてリッカと名乗っていて、そのころ知り合った友人達は私のことをりっちゃんと呼ぶ。
「りっちゃん」
「はあい」
「りっちゃんはね、りつこって言うんだほんとはね」
「違いますが……」
「だけどちっちゃいから自分のことりっちゃんて呼ぶんだよ」
「呼びませんが……」
「りっちゃん」
「なあに」
「りっちゃあああん」
「りっちゃんだよー」
あさちゃんとは道を歩いている間ずっとこうしてじゃれあっている。ほんとうにずっとこうなので、もう押したら「りっちゃんだよー」と鳴くボタンを持たせておけばいいような気もする。こんな感じで大学生のときからずっとべたべたしているのに、あさちゃんはもう人妻なのだなあ、などと思う。
彼女が結婚してから半年ほどになる。婚活を始めて数ヶ月はこんな男がいたあんな男がいたと面白おかしく聞かせてくれたのだが、それがある時ぴたりと止まったと思ったら婚約していた。そして令和元年5月1日に結婚した。惚れ惚れするような手腕だった。
結婚式の日、「子供が生まれたら私と遊んでくれなくなるんだわ」と別の友人にこぼしたら、「馬鹿野郎、こっちから遊びに誘うんだよ、家に遊びに行ったり子供連れで入れるお店をリサーチしたりするんだよ!」と叱られた。経験者の言葉は含蓄がある。
子供をどうするかは知らないが、私とあさちゃんは結構違う人生を歩んでいるから、ある日突然離れ離れになってもおかしくない。あさちゃん、夫の海外赴任についていきたいらしいし。
でも海外赴任の話になった時、「私のことを置いていくのね」と言ってみたら、「何言ってるの?りっちゃんは遊びにくるんだよ?」と当然のように言うので笑ってしまった。台湾旅行も躊躇う人間がアメリカまで遊びに来ると信じられる、私の好意を当然のものとして受け入れられる、そのあかるい傲慢さがまぶしくてかわいい。
りっちゃんはね、浅川って言うんだほんとはね。いまはもうリッカとも名乗ってないし、だけどきみのことがかわいいからこの呼び名が気に入っている。時々おばあちゃんになってもりっちゃんって呼ばれる想像をするよ。中途半端にボケた老人にって、浅川睦美さんがいったいどうしてりっちゃんなのか、若い人たちを困惑させようね。