好きなことの話

好きなことの話をします

桜を探して歩いた話

不毛の地で働いているため桜の捜索は難渋を極めた。昼休みごとに辺りを歩くものの、あるのは小さすぎる街路樹か汁なし担々麺屋ばかり。しかしようやく見つけたのである、ぺんぺん草も生えない荒地の奥、連なるビルの陰にひっそりと佇む桜の木を。花びらはまだ降り注ぐほどではなく、ただ晴れ晴れと青空に輝いている。数少ない道行く人がつぎつぎ立ち止まり、携帯を掲げて写真を撮っている。木の根元では、近くの工事現場から来たのだろう、男性たちが幾人か座り込んでおにぎりを食べていた。あたりはほこほこと暖かい。私はしばらく歓喜に震えたあと、急いで道を引き返してコンビニに向かった。温かいお茶と草大福を手に意気揚々と戻る。男性たちからすこし離れたところに小さなベンチがあるのを、私は見逃していなかった。完璧だ。

しかし桜の木の下に戻った私を出迎えたのは敗北だった。二十人はいようかというグループがレジャーシートを広げている真っ最中だったのだ。彼らは社員証もつけたまま、ベンチのそばから男性たちの座るあたりまでひろびろとシートを広げた。缶ビールが配られ、恰幅の良い男性が乾杯の音頭を取ろうと立ち上がった。「えー、みなさん、本日は足元のお悪い中」(どっ)「いい天気だぞー!」「足元のよろしい中の開催となりたいへん嬉しく思っております」(拍手)「みなさんお飲み物はお持ちでしょうか!」「はーい!」私は桜の写真を撮るふりをやめて立ち去った。

草大福は別の公園で食べた。彼らはいったい午後の仕事をどうしたのか、それが気になるばかりである。