好きなことの話

好きなことの話をします

【SS】オセロ

「あっ」とまりちゃんが声をあげた。構わずにぱたぱたとオセロの駒をひっくり返していく。今置いた右下の角から左上の角へ、右下の角から右上の角へ。呆然と見守るまりちゃんに、私は片頬で笑って「まりちゃん弱すぎ」と言った。まりちゃんは「だって、さっきまで勝ってたのに……」と納得いかない様子で白くなった盤面を見つめている。どうしてこんなあからさまな局面に気づかずにいられるのか不思議なくらいだ。昼休みはもうじき終わる。

六年二組ではどういうわけかオセロが流行っていた。たぶん、カードゲームを禁止された男子の誰かが持ち込んだのだろう。隣の席でも、ノートにマス目を書いた手作りのオセロ盤で熱戦が繰り広げられている。私も試したけれど、やっぱりマグネットが盤にぱたんと張り付く手触りがいいのであって、吹けば飛ぶような手作りの駒ではつまらない。

まりちゃんと一応最後まで駒を並べて、数えるまでもなく勝利を宣言すると、ちょうどチャイムが鳴った。駒を置いたままの盤を紙袋にほうりこみ、ロッカーの上に乗せる。まりちゃんは、ありがと、と言って前の方の席に戻っていった。

みんなが席について、先生が入ってくるまでの間、私はいつも高梨さんを見ている。

高梨さんは一番前の一番窓際に座っている。小柄で、眼鏡をかけていて、いつも一番前の席だ。だからクラスで一番背が高い私と席が近くなったことは一度もない。というか、話したこともない。高級なお菓子みたいに華奢で色が白くて髪がまっすぐで、私とは正反対だ。

でも、なにかのきっかけで、彼女と親友になるような気がしている。クラス替えで初めて姿を見たときから、その予感が私を満たしていた。たとえば彼女が誘拐されそうになるところを助けるとか……彼女の秘密基地を偶然知ってしまうとか、そういう運命のような出会いがあって、二人は意気投合するのだ。親友の誓いを果たしたあと、春奈と陽菜、同じ名前であることに気づいた彼女は、名前の通りお日様のように笑うだろう。

しかし、そういう機会はいまだ訪れなかった。ただたまにぼんやりと、教室の対角線上にいる彼女を見ているだけだ。

先生はなかなか来ない。鉛筆をつまんで振り、ぐにぐに曲がって見える様を楽しみながら、オセロだな、と想像してみる。はるなとはるなに挟まれて、間の男子や女子がみんなはるなになるのだ。名前以外でもいい、なにか高梨さんと私との間にある秘密の共通点が、教室の端と端で響きあう。しかし、秘密の共通点ってなんだろう?

高梨さんはぼんやりと窓の外を見ながら、ペンをもてあそんでいる。赤ペンだ。器用にくるくる回したり、キャップを開けたり閉めたり、私がちょうどしているように、つまんで振って曲げたりしている。高梨さんも同じ暇つぶしをするんだな、と思っていると、同じ動きが目に入った。高梨さんの斜め後ろに座っている男子、関口が、やはり鉛筆をつまんで振っている。ぐにぐに曲がる。関口も高梨さんを見ていたのかもしれない。やっているのを見たらやりたくなったのだろう。

私はさっきのまりちゃんのように、あっ、と声をあげそうになった。関口の斜め後ろの七瀬ちゃんもやっている。七瀬ちゃんの斜め後ろの高橋も、その斜め後ろのみーやんも、そして、私の斜め前の川西も。

オセロだ。教室の対角線を、ぐにぐにの鉛筆が貫いている。

高梨さんが指を止めてペンを置くと、その線も途切れた。それとほとんど同時に先生が駆け足で教室に入ってくる。遅れた言い訳を明るい声で話しているようだが、私の耳には入らなかった。

高梨さんと私の秘密の共通点って……ペン曲げ?そんなことってあるか?

軽い失望と笑いが同時に湧き上がってくる。このあと誘拐未遂や秘密基地の発見があったとしても、これじゃあ格好がつかないじゃないか。私は鉛筆を持ったままの右手で笑いを隠しながら、でもいつか彼女と親友になったとき、この話をしてあげよう、と思う。