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字が下手な話

 字が下手です。字が、下手なのです。ちょっと下手な字を想像してみてもらえますか?その1.7倍くらい下手なんです。

 仕事では1日パソコンに向かっているし、文章はスマホかパソコンで書く、手帳に凝るようなマメさとは無縁で、とにかく手書きの用事がなくて、もとから下手な字がもっと下手になってきた。

 この間久しぶりに仕事の電話を受けたので、ふせんに「○○さんからお電話ありました。お時間あるときにかけ直してほしいとのことです。浅川」と書いて、しばらく目を細めて眺めた。ていねいに書いたつもりだが、伝わる程度の丁寧さなのか、見れば見るほどわからなくなってくる。

 たとえば「て」、「て」という字を見てほしい。「て」は横棒と左側にふくらんだ曲線で構成されている。この横棒が短すぎたり曲線が曲がりきらなかったり傾いたりすると「て」に見えなくなる。

 が、じゃあいったいどこまでの横棒の短さが許され、どこまでのふくらみのなさが許されるのか? 文字はイデアだ、「て」という文字概念にある程度まで近づけば「て」に見えるがある程度まで離れれば「て」ではなくなる、さてその境界線を、この「て」は越えているのかいないのか? もっと曲げたほうがいいのか?前後の文脈で分かるのか?「て」とは? 文字とは? 人生とは? 世界とは?

 ゲシュタルト崩壊である。結局ふせんはくしゃくしゃ丸めて捨て、本人に直接言いに行った。

 活字の「て」も、手書きの「て」も、同じ「て」に見えるのはなぜだろう。見やすいメモを残すあの人や、手帳をかわいく書き残すあの人は、境界線のことを考えたことがあるのだろうか。他人に読める字が書けるということが、とてつもない奇跡のように思える。