好きなことの話

好きなことの話をします

【SS】ネギ塩豚カルビ弁当(麦飯)

今度という今度は、さすがの愛良も悪いと思ったのだった。

クッションに突っ伏して亀のようにうずくまる早紀の横に正座して、「ほんとに、すみませんでした……」と神妙な顔で囁くが、早紀は答えない。赤いカバーの枕を背中にのせてやって「早紀ちゃん、おすし」とふざけてみようかと思ったが、謝っている最中なのでやめておいた。「なんでも埋め合わせするからさあ……」と言うそばから、声が甘えた感じに詰まってしまう。愛良は謝るのが下手だった。

畳んだ足がもう痛い、崩したい、と思ってそわそわしていると、早紀が突然「ネギ塩豚カルビ弁当」と言った。

「ネギ?」

「ネギ塩豚カルビ弁当。買ってきて」

「えーと、スーパー?」はとっくに閉まっている。時計を見ないでもわかる、日付もとっくに変わっているのだから。

「ちがう、セブン。セブンイレブンのネギ塩豚カルビ弁当。麦飯のやつ。あれ食べたい。買ってきてくれたら許す」

相変わらずシャリのごとく丸まっているにもかかわらず、早紀の声は力強かった。愛良は「ははー、わかりました」と小さい声でつぶやき、ひざをゆっくり伸ばしながら立ち上がった。ふくらはぎがちょっと張っている。

0時過ぎのセブンイレブンにネギ塩豚カルビ弁当はなかった。ひとつだけ取り残されたカツ丼を前に腕組みする。カツ丼ではないのだろう。しかしセブンまでは行ったのだということを証明するために、とりあえずこれを買って帰るのはどうか。しばらくその線を検討したが、いやいや、と大げさに首を振った。真剣に謝るのが久しぶりすぎて、ごまかす方向にしか頭が働かない。誠意を見せなければいけないのだ、誠意を。

徒歩圏内にセブンイレブンはもう一軒あるが、そちらに行っても状況は同じだろう。ならば、と愛良は道路を渡り、ローソン100に入った。予想通り、豚小間切れのパックが半額のシールを付けて待っている。

カルビではないが、正直言って、愛良はカルビも豚コマも区別がつかないのだ。肉だなあ、としか思わない。冷蔵庫にまだネギがありますように、と思いながら塩味の焼肉のたれもカゴにいれる。愛良が料理らしい料理をするのは、数えてみれば半年ぶりだった。

帰ってみるとネギはあった。そういえばおとといは寄せ鍋だった。早紀がすべての具材を切り、早紀がすべての味付けをして、愛良は箸と取り皿を運んだ。

包丁の位置はかろうじてわかったが、まな板の場所がわからない。探し回ったあげく、水切りかごの中に大皿と並んでいるのを見つけた。その過程で、冷蔵庫の中に買ってきたものとまったく同じ焼肉のたれが入っているのも見つけた。

ネギを刻んで、肉を焼いて、冷凍してあったご飯を温める。ネギを買ってきたのも、このフライパンを洗ったのも、ご飯を冷凍したのも、全部早紀だ。悪いなあ、という気持ちに、しばらく従ってうなだれてみる。悪いなあ、すまないなあ、ありがたいなあ。と思いながら胸に手を当てていると、早紀が「なにしてんの」と低い声で話しかけてきた。

平皿にご飯を平らに盛り付け、肉とネギを乗せてたれをかける。味見はしていないが、ほかほか湯気を立てる様はなかなかおいしそうだ。「ネギ塩豚……弁当です」と早紀に差し出すと、しばらく皿を見つめたあと、思い切り顔をしかめた。

「ネギ塩?」

「ネギ塩豚……弁当」

「豚カルビ?」

「豚……」

小さい声で「こま……」と付け足して、口の中でごまかす。早紀は皿を受け取ってリビングへ向かった。愛良がそれに続こうとすると、「箸」と冷たい声を出す。

早紀が食べ終わるまでの間、愛良は向かいでじっと見つめていた。早紀は箸の使い方が上手だ。平皿に乗った米粒は食べづらそうだったが、きちんと寄せて取りこぼさない。油で唇がてらてら光り始めたが、それは気にしていないようだ。早紀は無言のまま食べ終わり、やや気まずそうに「ごちそうさま」と言った。

「カルビでは、ないんだけど」

「そうね」

「弁当でもないし」

「うん」

「私なりの謝罪です」

「はい」

「ごめんなさい。許して」

頭を下げると、下げ切らないうちに「許さない」という声が帰ってくる。愛良は涙目で「なんで……」と訴えたが、早紀は空になった皿と箸を愛良の手に押し付け、真剣な顔で見つめ返した。

「麦飯じゃなかったから」

「麦飯?」

「ネギ塩豚カルビ弁当の正式名称は『ネギ塩豚カルビ弁当(麦飯)』なの。麦飯が大事なの。麦飯が食べたかったの」

「カルビは許すのに!?」

「カルビよりも麦飯が大事。わかったらそれ洗って拭いてしまって。フライパンとまな板もね」

「まな板ほとんど使ってない」

「それでも洗うの」

愛良は肩を落として「わかりました、もう……」とのろのろ立ち上がり、早紀を見下ろした。早紀はクッションに横たわり、「なに?」と見上げてくる。

さっきまでうつぶせに縮こまっていたのに、いまは体を伸ばしている。もうシャリではない。マグロだ。愛良はちょっと笑って、「なんでもないよ」と囁いた。