好きなことの話

好きなことの話をします

くまとパンケーキ

パンケーキが好きな女の子がいて、私はその子をくまちゃんと呼んでいる。くまというのは本名の一部で、だからたいしたあだ名ではないのだけど、ある時手帳に彼女との約束を書いていて、「くまとパンケーキ」という字面を見た瞬間に、ぱっとその呼び方に親しみがわいた。くまとパンケーキを食べに行く。絵本か。川上弘美か。

よく後輩とパンケーキ食べに行くよ、そうそう、パンケーキ専門店に、と言うと、「女子力〜」と言われることがある。揶揄まじりに言われることもある。でもおそらく、そう言う人がイメージする「パンケーキ好きな女の子」と、くまちゃんとは少し違っている。

パンケーキが運ばれてくると、くまちゃんはかならず「おいしそう」と平坦に言う。何度も足を運んでいる原宿レインボーパンケーキでも、乗ったことのない路線でたどり着いた住宅街の奥の純喫茶でも、かならず第一声は「わー」か「おいしそう」で、その声はふんわりと平坦だ。さくさく切って、メープルシロップに浸して躊躇いなく口に入れ、私の顔を見ながら真顔で「おいしい」と言う。幸せそうに食べ、時々パンケーキに関する講釈を口にし、食べ終わると「おいしかった」と言う。

おいしかったね。

私はもともと、友達とは手をつないだり抱きついたり触ったりしたい方の人間なのだが、そしてそれを普段はなるべく、なるべく我慢しているのだが、くまちゃんといるとそのリミッターが完全に外れてしまい、気がつけば常に手をつないでいる。だいたい一緒にいる人に怒られる。パーソナルスペースが狭い人間が仲良くなると、そうなってしまうのだと思う。手をつないだまま入店する私たちを、パンケーキ屋の店員は少しだけ見る。

そういうわけで、私は時々、くまと手をつないでパンケーキを食べに行く。そういう暮らしに、私は子供の頃から憧れていたような気がする。