好きなことの話

好きなことの話をします

黒猫が好きな話

黒猫の名前はコロといった。

まだ生まれたばかりのコロを、近所の子供たちがボールがわりに放り投げていたところを祖母が発見し、これこれやめなさいと浦島太郎よろしく止めて、そのまま引き取ってきた。コロコロしているからコロ、安直ながらかわいい名前を貰った雌猫は、目つきと愛想の悪い、鳴かない猫に育った。若い頃はパトロールに出かけては喧嘩をし、トカゲを取ってきては見せびらかす、血気盛んな猫だったという。

だったいう、というのは、私の記憶のなかで、コロは最初から最後までおばあちゃん猫だったからだ。コロは私よりも年上で、私がコロに近づけてもらうようになるころにはコロはすっかり大人、私が10歳の時点でコロは11歳、すでに老年期に入っていた。

とはいえ、コロは十分に元気だった。床から食器棚へ、食器棚から冷蔵庫へ上っていくコロの姿は、何度見ても飽きなかった。祖父の趣味の木工作品が並ぶ玄関に座って置物のふりをしては、玄関が開くのを待ってパトロールに出かけ、縁側から帰ってきた。命の危機を助けて貰った祖母よりも、乱暴に扱う祖父のほうが好きらしく、見ていて不安になるほど強めに尻を叩かれても、祖父の隣で眠った。

キャットフードしか食べないのがよかったのか、コロは長生きした。祖父母の家に行くたびに、コロちゃん長生きしてね、と囁いたとおり、コロは22まで生きた。晩年は痩せて白内障で目が曇っていたが、何度も危ない山を超えた。

祖父の一周忌からしばらく経ったある朝、コロは自分の足でベッドから降りて居間へいき、少しだけごはんを食べて、丸くなった。苦しまない、立派な最期だったという。

祖母がこのあいだ、「そこらにいるのよう、コロそっくりの猫が」と言っていた。黄色い目の、しっぽの短い黒猫が、近所の酒屋で世話をされているという。コロの親戚だろう。

人の家の猫や、触らせてくれる野良猫を撫でるたび、去り際に、○○ちゃん長生きしてね、と囁いている。会ったことのないコロの親戚に会うことができたら、やっぱりそう言ってあげたい。どの猫も、どの猫も、私の言葉を完全に無視して、無感動に目をつぶるだけなのだけれど。

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